こんにちは、マグロ姉さんです。1966年ヒノエウマ生まれ、2000年に世界周遊の
格安エアチケットを見つけて会社を辞め、住まいもたたんで日本を飛び立ちました。
ニュージーランドへ渡ってオーストラリア、ハワイ、うろうろ。
(当時、「ウロコのOL辞めて地球一周の旅」の連載をしてた「うろこ」が私です)。
こんな私のお送りする南の島への移住生活、お楽しみに〜!

 
   


アメリカンサモアという南の島に引越

 あれから4年、相変わらず私は猪突猛進、波乱万丈な毎日を送っております。

今はライター業務を中心とした個人事業、Talofa Collection (タロファコレクション)の代表をしています。「タロファ」というのはサモア語の挨拶言葉で、ハワイの「アロハ」と同じ意味です。

エッ!どうしてサモアの言葉?ハイ。実は私、数ヵ月後にはアメリカンサモアという南の島に引越しをするのです。アメリカンサモアは、ハワイから南に下って 赤道を少し越えたところにあるサモア諸島の一つです。

 実は私、ハワイで暮らす予定でした。冒頭の海外一人旅の途中のご縁で、ハワイに就職が決まったのです。でも、同時多発テロや戦争のあおりを受けて、業績が悪化した受け入れ先企業が業務縮小を決定、私はリストラ。勤務開始のためにハワイに着いて、2日目に知らされたニュースでした。


泣きながらホノルルを去るときに空港まで送ってくれた人が、船の乗り込みエンジン技師をしている彼でした。私を見送った後、彼も仕事で大海原に出て行ってしまいますから、もう二度と会うこともないかもしれない、そんなことも考えました。

 真冬の日本に帰ってきた私は、絶望と不安と戦いながら毎日を過ごしました。でも、一番辛い時にたくさんの勇気や安心をくれたのはやはり、彼からのメールでした(漁船は通信衛星を使って電話やメールができるのです)。メールや電話でのやり取りを重ねるうちに、いつの間にかお互いにかけがえの無い存在になっていました。

 ところで、エンジン技師の彼が乗っている船はアメリカのマグロ漁船で、母港はアメリカンサモアです。去年の夏、母港まで彼に会いに行った私は、アメリカンサモアのゆったりライフスタイルに、すっかりカルチャーショックを受けました。

これは、ここで暮らしてみなくては!そうだ、そうすれば彼とももう少し頻繁に会えるし!そこで早速船のオーナーに頼んだら、とんとん拍子に話が進み、引越し決定と相成ったという訳です。


こんな私のお送りする南の島への移住生活、次回もどうぞお楽しみに!



去年の夏、アメリカンサモアに
行った時の私


アメリカンサモアは酋長制
村ごとに酋長がいらっしゃいます

 


私が暮らすことになるアパートの
まん前はビーチ

   
   
   
   
2004年4月