こんにちは、マグロ姉さんです。1966年ヒノエウマ生まれ、2000年に世界周遊の
格安エアチケットを見つけて会社を辞め、住まいもたたんで日本を飛び立ちました。
ニュージーランドへ渡ってオーストラリア、ハワイ、うろうろ。
(当時、「ウロコのOL辞めて地球一周の旅」の連載をしてた「うろこ」が私です)。
こんな私のお送りする南の島への移住生活、お楽しみに〜!

 
   


嗚呼、遠洋漁業恋愛!その3

 皆様こんにちは!未だにマグロ任せのスケジュールに翻弄されているマグロ姉さんです。私の相棒・マグロ漁船勤務の機関長が休みをとったので、2人でハワイにいます。

…エ?いつまでハワイにいるのかって?

これまた、マグロ次第です。代理の機関長を乗せて航海に出ているマグロ漁船が漁を終えたら、私はアメリカンサモアへ引越しをし、相棒は船に戻ります。

というわけで、アメリカンサモアへの引越しは2週間先か、2ケ月先か。時速160kmで泳ぐマグロが答えを握って、大海原を全速力で泳いでいます。慣れてきたこととはいえ、来月の予定がたたないのは本当に不便! できる限りの準備をしたら、目の前のことを楽しむことに集中するしかありません… まったくもって、鍛えられますね。ありがとう、マグロ?!

さて今回の出国は、日本にいるお仲間の笑顔に暖かく送り出しのパーティをしていただき、涙あふれる旅立ちになりました。一人放浪旅をはじめた2000年から数えると、何回目の出国になるのでしょう。

旅立ちの準備中に寂しさを味わいたくない私は、出発直前まで無謀なほどに予定を詰め込み、成田空港では意識モウロウ、搭乗・着席とともにほぼ気絶。飲み物サービスも機内食も記憶にないまま、「着陸態勢に入りますよ」と起こされ、夜明けの空を見ながら故郷や仲間を思って、ちょっぴり涙。毎回、旅立ちはこんなパターンでした。

今回も順調(?)に成田空港で意識モウロウ…ここまではいつものパターンでしたが、私のシートは中国からのパワフルなツアーグループに挟まれていました。おかげで頭上をナッツ類が飛ぶわ、正体不明の食材が襟元に入ってくるわ、おすそ分けをいただくわ、中国語のミニ講座がはじまるわ、の大騒ぎ。あっという間のフライトでした。

朝日を見てホロリとする間もなく、目の下を真っ黒にしたまま到着したホノルル空港。個人旅行者用の出口では、いつものようにふんわりと花の香りを含んだ風が吹きぬけます。お迎えに来ている笑顔、笑顔、また笑顔。その笑顔たちの向こうに、今回は…相棒、機関長が立っていました。恥ずかしそうな笑顔で、両手にレイを持って。やっと、会えた。やっと、たどりついた。

このあと私たちが直面するお互いの気持ちのすれ違いなど、二人とも気がついてはいませんでした。

エ!一体、ナニがおきている?続きは次回…。

それでは皆さまの毎日がご機嫌てんこもりでありますように!


2000年に座ったベンチは健在でした。
アラモアナビーチパーク


オアフ島の東南は
おだやかな珊瑚の海と休火山



オアフの真ん中は
赤い大地とパイナップルと雄大な空


日本より、19時間遅れで夕焼け空がやってきた

   
2004年8月