| ドアの前に立つ人は…&皆様にありがとう
みなさんこんにちは、マグロ姉さんです。この家には、いろんな人が訪れます。物売り、宗教の勧誘、見知らぬ大人が「1ドルちょうだい」などなど。先日はゴインゴ
インと豪快にノックする人がいたので、ドアを開けてのけぞりました。身長180cm超、体重は150kgくらいありそうな特大オジサンが、1mくらい刃渡りがある大刀を手に、私を見下ろしていたので…。
「うわっちゃー!」日本語(?)で叫び、迷わず開けかけたドアをバタンと閉めました。しかしながら、驚いた私はまだまだ未熟。ここは米領といえどもやっぱりサモア、大刀は珍しいものではありません。作物の収穫、枝や雑草払い、ヤシの実割り、缶切り(缶をぶち破る)にと、普段使いの便利な道具なのでした。
というわけでこのオジサンも、別に私を襲おうとしたわけではなく、ココナッツの収穫途中で「のどが渇いたから水を飲ませて」と、我が家をノックしたというわけでした。
「イカン、いい加減になれなくちゃ」と自分に言い聞かせつつ氷水を手渡すと、オジサンが見せた笑顔はキラキラ。「やあ、氷入りだ、ありがとう」と言ってザバっと飲み干し、バリボリと氷を噛み砕きつつ去って行きました。嗚呼。邪気のかけらもありません。
「疑ってごめんね」と後姿に謝りつつ、「でもねえ、知らない人の家をノックするときはせめて、大刀は置いてよね」などと独り言が漏れました。
米領サモアに暮らし始めて、まもなく2年。ずいぶん慣れたつもりでも、私にとって彼らの生活は、未だに驚きと困惑の宝庫です。そして大家族を幸せの形とするサモ
アンにとって、私は、一人暮らしの不思議なガイジン。
そんな私は最近、こんな風に思います。お互いの違いを理解しあうには及ばなくても、ただ単純に「そういうものなんだな」と保留しておく術も、大切だよな、と。
普段、意識することは少ないですが「こうあるべき」という理想の形は、生まれ育った文化で培われた価値観から来ることが多いもの。その形は、特に文化が違えば、お互いに噛み合うことは難しい。大筋で許せることなら、後は「違いは違い」と、フっと笑い飛ばせば、全てはネタに…いえ、人生を深く楽しめるスパイスとなっていくのでしょう。
さて、今回でコラムは最終回となりました。今まで私のコラムを読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。私はそろそろ、次なる旅に出ようかなって、思っています。
ではまた、どこかでヒョッコリお会いできる日まで…
幸せの形は人それぞれ、皆さんの毎日が素敵な日々でありますように!
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